臨床や研究で“とりあえずの認知スクリーニング”として最もよく使われるのがMMSE(Mini-Mental State Examination)です。この記事では、これまでの会話内容だけに基づいて、MMSEの成り立ち(誰が・いつ・なぜ)、各項目が測っている認知機能、長所と限界、そしてHDS-R(長谷川式改訂)との違いまでを、ブログ向けにまとめます。
MMSEとは:目的と基本構成
- 所要時間:おおむね 7–10分
- 満点:30点
- 主な領域:時間・場所の見当識、即時記憶、注意と計算、遅延再生、言語(呼称・復唱・命令理解・読字・書字)、視空間構成(交差五角形の模写)
- 参考:時計描画はMMSEには含まれません(MoCAなどの項目です)。
狙いは、認知機能を短時間で定量化し、経時的に追跡できるようにすること。点数だけで診断を確定する検査ではなく、スクリーニング+縦断評価に向いたツールです。
誰が・いつ・なぜ:MMSEの誕生と歴史
- 開発者:Marshal F. Folstein、Susan E. Folstein、Paul R. McHugh
- 発表年:1975年
- 背景:当時使われていた神経心理検査は時間が長く、せん妄・認知症などの入院患者では協力が難しいという課題がありました。そこでベッドサイドで短時間に、しかも定量的に把握する方法としてMMSEが設計されました。
- 目的の軸:器質性(せん妄・認知症など)と機能性(うつ病など)の鑑別に資する“実用ツール”。
- その後:改訂版のMMSE-2が登場し、練習効果や文化差への配慮、代替フォームなどが整備されています。MMSEの検査用紙は著作権管理下にあります。
ポイント:「精神障害者“だけ”のため」ではなく、精神科・神経内科・老年科・脳外科・リハビリなど幅広い臨床で使うために生まれたスクリーナーという位置づけです。
各項目は“何の認知機能”を見ている?
1) 時間の見当識(5点)
今日が何年・何月・何日・曜日・季節か。
→ 時間見当識、エピソード記憶の更新感覚、注意の持続。初期認知症やせん妄で落ちやすい核。
2) 場所の見当識(5点)
国・都道府県・市町・施設・階。
→ 空間的見当識、意味記憶、状況理解。新しい環境(入院直後)では低く出やすい。
3) 即時記憶(登録;3点)
3語をその場で復唱。
→ 注意の焦点合わせ+音声短期記憶(作動記憶の入口)。ここで取りこぼすと、その先の学習が難しい。
4) 注意と計算(連続7引き/“WORLD”逆綴り;5点)
→ 持続注意・作動記憶・心的操作(逆順操作や更新)。薬剤(抗コリン・ベンゾ)、抑うつ、せん妄で下がりやすい。
5) 遅延再生(3点)
数分前の3語を思い出す。
→ エピソード記憶の固定(貯蔵)と自発想起。
手がかり提示で改善→取り出しの問題(前頭機能寄り)。改善しない→固定障害(海馬系)示唆。アルツハイマー病で低下しやすい重要指標。
6) 呼称(2点)
鉛筆・時計などを見て名前を言う。
→ 語の想起(語彙アクセス)、視覚認知→意味→語の出力の流れ。語健忘の検出に有用。
7) 復唱(1点)
定型文をそのまま繰り返す。
→ 音韻ループと音—語の変換の正確さ。伝導失語で難しくなりやすい。
8) 三段階口頭命令(3点)
「紙を右手で取り→半分に折り→床に置く」。
→ 口頭理解(意味)→短期保持→順序立て→実行。遂行機能や観念運動失行の影響が出やすい。
9) 読字理解(1点)
書かれた命令を読んで実行。
→ 読字(視覚→文字→意味)+実行。視力や失読の影響を除外して解釈。
10) 書字(1点)
意味のある一文を書く。
→ 内容構成→文法化→綴り→運筆までの一連。非流暢性失語、失書、微小書字などの所見が出やすい。
11) 構成(交差五角形;1点)
見本の五角形を正確に模写。
→ 視空間認知・構成能力・企図。右半球障害やレビー小体型、後部優位型ADで低下しやすい。
質的エラーパターンの読み
・遅延再生が手がかりで改善→検索障害寄り/改善なし→固定障害寄り
・WORLD逆綴りの飛ばし・順序錯誤→作動記憶の負荷で崩れる
・交差五角形で交点が作れない→**全体把握(視空間)**の障害
・三段階命令で2つ目以降が抜ける→順序化・保持の問題
長所と限界
長所
- 世界的に最も普及:比較・追跡が容易
- 短時間・簡便:ベッドサイドで実施しやすい
- 縦断評価で変化量を見やすい(例:同条件で2–3点/年の低下など)
限界
- 教育歴・文化・言語の影響が大きい(低学歴で過小、高学歴で過大評価のリスク)
- 軽度認知障害(MCI)には感度不足になりやすい
- 失語・視聴覚・運動障害、うつ・せん妄・薬物・痛み・睡眠不足などの可逆要因でも低下
「精神障害者のための検査なの?」という疑問
答えはNO。 MMSEは、精神障害者“だけ”を対象にした検査ではありません。入院患者の認知状態を短時間で定量化する実用ツールとして生まれ、器質性(せん妄・認知症)と機能性(抑うつなど)の鑑別に資する目的で設計されました。その後は精神科に限らず、神経内科、老年科、脳外科、リハビリなど広い臨床で使われています。
HDS-R(長谷川式)との違い:どちらが“広い”のか?
「MMSEの方が脳機能を全体的に広くスクリーニングできる」という言い方は、一概には正しくありません。カバーの“広さの質”が違うため、目的で使い分けます。
- MMSEが強い領域
**読み・書き・復唱・三段階口頭命令・視空間構成(五角形)**など、言語・遂行/プラクシス・視空間を直接確かめやすい。 - HDS-Rが強い領域
**数字の逆唱、連続7引き、カテゴリー語流暢性(野菜名)、視覚記憶(物品5個の即時再生)**など、作動記憶・語流暢性・視覚記憶の比重がやや高い。
性能の含意(ここで触れた範囲に限定)
- アルツハイマー病のスクリーニングでは、HDS-RがMMSEより良好とする報告があり、軽症ADでも優位とされたデータが示されています。
- MCIの拾い上げはMoCAがMMSE/HDS-Rより感度良好とされるのが定着しています。
- より広領域を系統的に見る場合は、ACE-IIIがMMSE/HDS-Rより判別精度が高いという報告もあります。
実務の指針(短答)
- “視空間や構成、読み書きまで見たい”→MMSEが取り回しやすい
- “作動記憶・語流暢性・視覚記憶を重視したい”→HDS-R
- “早期の見逃しを避けたい/MCIに強く”→MoCAやACE-IIIの併用・置換を検討
実施と解釈のコツ(現場向け)
- 環境整備:静かな場所、眼鏡・補聴器、ペンと紙を準備
- 標準手順厳守:ヒント禁止、繰り返し回数を守る
- 点数+質的所見:どこで、どう間違えたかをメモ(例:「WORLD逆綴りでL↔R混同」)
- 縦断評価:同じ条件で反復し変化量を見る
- 他情報と総合:ADL/IADL、家族聴取、せん妄スクリーニング(例:4AT)、気分(GDS)などを併用
記録テンプレ(そのまま使える文章例)
MMSE(日本語版)実施。総点 22/30。低下は主に遅延再生(0/3)と注意/計算(2/5)。時間・場所の見当識は保たれる。教育歴12年、右手巧緻性問題なし。気分は安定。MoCA追加を計画し、家族からの聴取とIADL確認を行う予定。
まとめ:ポイントだけ一気に復習
- MMSEは1975年誕生。短時間・定量・縦断追跡が強み。精神科“だけ”の検査ではない。
- 各項目の狙いを理解すると、質的エラーから病態(記憶の固定 vs 取り出し、視空間、遂行機能など)が読める。
- 限界:教育歴・文化・言語の影響、MCIへの感度不足。
- HDS-Rとの関係:どちらが“広い”かではなく、強みの違いで使い分け。
- MCIや広範な把握が必要なら、MoCAやACE-IIIも選択肢。
- 実務では環境整備・標準手順・縦断評価・質的所見がカギ。
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