はじめに:HDS-Rとは
日本で広く用いられている認知症スクリーニング検査。全9項目・30点満点で、実施は5〜10分ほど。とくに記憶(エピソード記憶)と見当識を中心に、注意・ワーキングメモリ・語の流暢性までを短時間で俯瞰します。
カットオフ(判定の目安)
- 20/21点を境にした報告で、感度≈90%・特異度≈82%。
- スクリーニング目的の指標であり、単独で診断はできません。
特徴(長所と限界)
長所
- 短時間・準備少なく実施しやすい
- 動作課題がないため、運動障害があっても行いやすい
- 記憶配点が高いためアルツハイマー型に向く
- 年齢・教育歴の影響を受けにくいとされる報告
限界/注意
- 視空間・構成の直接評価が薄い(図形模写なし)
→ 時計描画(CDT)や立方体模写の併用が有用 - 重症度分類用ではない(点数だけで機械的に重症度を決めない)
実施のコツ
- 目的を簡潔に説明して不安を軽減
- 手がかり提示は段階的に(遅延再生)
- 静かな環境で、干渉を避ける
- 合計点だけでなくプロフィール(どの項目が弱いか)を見る
MMSEとの違い
- MMSEは図形模写・読解・書字など動作性を含む
- HDS-Rは非動作性中心。対象や場面で使い分け・併用が有用
開発の経緯(だれが・いつ)
- 1974年:精神科医 長谷川和夫らが日本で初版HDSを開発
- 1991年:時代に合わない設問や採点法を見直し、HDS-R(改訂版)を発表
- 代表著者:加藤伸司ほか(共同研究者に長谷川和夫ら)
- 以後、国内で最も一般的な認知症スクリーニングの一つとして定着
構成と配点(9項目・30点)
- 年齢(1点):実年齢±2歳で正解
- 日時の見当識(4点):年・月・日・曜日
- 場所の見当識(2点):場の性質(病院/家など)
- 3語の即時記銘(3点):3語の復唱
- 計算(2点):100から7を2回引く(段階的)
- 数字の逆唱(2点):3桁→できれば4桁(3桁失敗で中止)
- 3語の遅延再生(6点):思い出せなければカテゴリー手がかりを段階的に
- 5物品の記銘(5点):無関係な5物品を提示→直後に想起
- 言語の流暢性(5点):「野菜の名前」をできるだけ(10秒停滞で打切り)
各項目が測っている認知機能(読み取りのコツ付き)
- 年齢
- 主:自伝的意味記憶+見当識
- 読み:誤答は全般的見当識低下やせん妄の兆候も
- 日時の見当識(年・月・日・曜日)
- 主:時間的見当識(注意も関与)
- 読み:曜日→日付→月→年の順に難化。早期ADやせん妄で崩れやすい
- 場所の見当識
- 主:空間・環境の見当識
- 読み:DLBなどでも崩れやすい(場の性質が把握できるか)
- 3語の即時記銘
- 主:注意+ワーキングメモリの保持、初回エンコード
- 読み:ここで取りこぼすと遅延再生の解釈が不安定に
- 計算(100−7を2回)
- 主:持続的注意・心的操作(ワーキングメモリ操作)+数処理、実行機能
- 読み:前頭葉性の注意/実行機能低下で落ちやすい(教育歴の影響も)
- 数字の逆唱(3→4桁)
- 主:ワーキングメモリ容量と逆順操作
- 読み:前頭前野・頭頂ネットワークの感度が高い
- 3語の遅延再生(段階的手がかり)
- 主:エピソード記憶の保持と想起
- 読み:
- 手がかりで大きく改善→検索障害優位(前頭葉/皮質下由来ことが多い)
- 手がかりでも改善乏しい→保持/貯蔵(エンコード)障害(ADで典型)
- 5物品の記銘(直後再生)
- 主:注意+短期的学習容量(3語より高負荷)
- 読み:取りこぼしが多い→注意/学習効率の低下。ここは保たれ7)が弱い→保持障害を疑う
- 言語の流暢性(野菜)
- 主:意味記憶(側頭葉)+語検索・戦略(前頭葉)+処理速度
- 読み:カテゴリー流暢性はADで下がりやすい。途中停滞は検索戦略/セット維持の問題も示唆
プロファイル例
- 見当識(2・3)低下+7が手がかりでも伸びない → 内側側頭葉由来の記憶障害を強く示唆
- 5・6・9が弱い → 注意/実行機能低下(前頭葉‐皮質下)
- 4は保たれるが7が弱い → 保持/貯蔵の問題の可能性大
- 9のみ顕著に弱い → 意味ネットワーク劣化や検索戦略の問題
病型ごとの相性と併用の目安
アルツハイマー病(AD)
- 相性:◎(有用)
- 理由:HDS-Rは遅延再生と見当識を重視し、ADのエピソード記憶障害を拾いやすい
- 研究ではHDS-R・MMSEともにAUC>0.9とする報告も
- 軽度〜MCI域はMoCA-JやACE-III-Jの併用がより鋭敏
レビー小体型認知症(DLB)/パーキンソン病認知症(PDD)
- 相性:△(単独では不十分)
- 理由:視空間・注意/実行機能障害が目立つ一方、HDS-Rは非動作性中心で見逃しやすい
- 併用:MoCA-J、ACE-III-J、時計描画(CDT)、VOSP、FAB
- 鑑別ではDAT-SPECTや心筋MIBG低下などの所見が役立つことも
血管性認知症(VaD/VCI)
- 相性:△(補助として)
- 理由:処理速度低下と実行機能障害が中核で、HDS-R単独では特異的に拾い切れない
- 併用:TMT-A/B、FAB、MoCA-J(画像所見との照合が重要)
前頭側頭型認知症(FTD:bvFTD・PPAなど)
- 相性:△(限定的)
- 理由:社会認知・実行機能・言語の障害が前景。HDS-Rの語流暢性はヒントになるが、社会認知や複雑な実行機能を直接問わないため初期感度は高くない
- 併用:ACE-III-J、FAB、必要に応じて Mini-SEA、CDR plus NACC FTLD-J
まとめ
- HDS-RはADの初期スクリーニングに有用。20/21点を一つの目安にしつつ、合計点だけでなく項目プロフィールを読む
- 視空間・実行機能が主訴のときはHDS-R単独は不十分。MoCA-J/ACE-III-J/CDT/FABなどを併用
- 病型鑑別は、神経心理プロフィールに臨床徴候・画像/バイオマーカーを重ねた総合判断が基本
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