コグトレとは?

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発達障害・精神障害の「困った」を支える認知トレーニングを徹底解説

「何度説明しても忘れてしまう」「黒板の文字をうまく写せない」「相手の表情から気持ちを読み取れない」「作業の手順が整理できず、途中で混乱してしまう」。こうした困りごとは、周囲から「やる気がない」「注意不足」「努力が足りない」と受け取られることがあります。しかし、その背景には、見た情報を整理する力、聞いた内容を一時的に保持する力、必要な情報に注意を向ける力、状況から相手の気持ちを推測する力など、認知機能の特性が関係している場合があります。

そこで注目されている支援方法が「コグトレ」です。コグトレは、単なる脳トレやプリント学習ではありません。学習の土台となる認知機能、対人関係を支える社会的理解、身体を使った動作や作業という三つの側面から、生活上の困りごとを包括的に捉える支援プログラムです。発達障害のある子どもへの支援だけでなく、精神科リハビリテーション、就労支援、作業療法などでも、その考え方を応用できます。

この記事では、コグトレで伸ばせる機能、作用メカニズム、発達障害・精神障害への応用、セラピーでの実践方法、研究上の注意点までを解説します。なお、「発達障害が治る」「どんな精神疾患にも効く」といった過大な説明は避け、わかっていることと不明なことを区別します。

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  1. コグトレとは何か:学習・身体・社会性をつなぐ三つの支援
  2. コグトレで伸ばせる機能:困りごとの背景にある認知の土台
  3. なぜ効果が期待されるのか:脳の可塑性だけでは説明できない
  4. 「問題が解ける」と「生活でできる」は別のこと
  5. 自閉スペクトラム症への応用:相手に合わせる訓練ではなく、生活をわかりやすくする
  6. ADHDへの応用:注意を鍛えるだけでなく、注意を支える環境をつくる
  7. 学習障害・境界知能・知的発達の課題にどう向き合うか
  8. 不器用さへの応用:身体と認知は別々に働いているわけではない
  9. 統合失調症への応用:症状が落ち着いても残る生活上の困難を支える
  10. うつ病・双極性障害などへの応用:回復期に残る「頭の働きづらさ」に着目する
  11. セラピーで使うには:評価、課題、振り返り、生活への橋渡し
  12. 実践例1:板書が苦手なASD傾向のある小学生
  13. 実践例2:忘れ物と衝動的なミスが多いADHDのある中学生
  14. 実践例3:復職を目指す統合失調症のある成人
  15. 効果をどう評価するか:正解数より生活の変化を見る
  16. 実施するときの注意点:無理をさせず、本人の尊厳を守る
  17. 研究からわかることと、まだわからないこと
  18. これから始める人におすすめの一冊『1日5分! 教室で使えるコグトレ』
  19. おわりに:本当に伸ばしたいのは「問題を解く力」だけではない

コグトレとは何か:学習・身体・社会性をつなぐ三つの支援

コグトレは、児童精神科医の宮口幸治氏が考案した、認知機能に着目する包括的な支援プログラムです。名称は「Cognitive ○○ Training」に由来し、○○の部分には、対象とする領域によって異なる言葉が入ります。日本COG-TR学会は、コグトレを「認知機能強化トレーニング」「認知作業トレーニング」「認知ソーシャルトレーニング」の三つで構成されるものとして説明しています。日本COG-TR学会:コグトレとは

認知機能強化トレーニングは、学習や日常生活の基礎となる認知機能に焦点を当てます。代表的な取り組みは「覚える」「見つける」「写す」「数える」「想像する」の五つです。例えば、複数の図形の中から指定された形を探したり、短時間見た配置を思い出したり、見本と同じ模様を写したりします。課題自体は簡単なゲームやパズルのようですが、その背後では注意、記憶、視覚認知、言語理解、推論など、生活に必要な機能が複合的に働いています。

認知作業トレーニングは、身体面の困りごとに対応します。自分の身体の位置を把握すること、相手の動きをまねすること、道具を適切な力加減で扱うことなどを通して、身体と物、身体と空間、身体と他者との関係を理解する力を育てます。手先の不器用さ、着替えの苦手さ、工作や書字への抵抗感などがある場合には、紙の課題だけでなく、身体を使った活動を組み合わせることが大切です。

認知ソーシャルトレーニングは、対人関係や社会生活に必要な理解を扱います。表情や状況から気持ちを考える、危険な場面を予測する、上手に断る、謝る、頼む、問題が起きたときに複数の対処方法を考えるといった内容が含まれます。「ルールを覚える」だけでなく、「その場では何が起きていて、自分と相手はどう感じているか」を理解することが重要です。この三領域を分けて考えるとわかりやすいものの、実際の生活では互いに重なり合っています。

コグトレで伸ばせる機能:困りごとの背景にある認知の土台

コグトレで狙える機能の一つが注意です。注意には、必要な刺激を選ぶ選択性注意、一定時間集中を保つ持続性注意、複数の情報に対応する分配性注意、状況に応じて注意対象を変える転換性注意があります。教室の雑音の中で先生の話を聞く、病棟で必要な指示に意識を向ける、作業中に手順を切り替えるといった行為は、こうした複数の注意機能に支えられています。「見つける」課題では、似た図形の中から必要なものを探すことで、対象を絞り、見落としを確認する練習ができます。

もう一つの重要な機能が、作業記憶、いわゆるワーキングメモリです。これは、情報を頭の中に一時的に保持しながら、それを使って作業する力です。「ノートを開いて、日付を書いて、教科書の3ページを読んで」という指示を実行するには、聞いた順番を覚えながら行動しなければなりません。買い物で必要な品物を思い出す、調理で複数の工程を管理する、電話で聞いた予定を書き留める場合にも使われます。「覚える」課題では、見た図形の位置や聞いた言葉を思い出し、保持や再生の仕方を練習します。

視覚認知や視空間認知も、学習と生活に深く関係します。文字の形を見分ける、図形の向きを理解する、物と物の位置関係を把握する、見本を確認しながら書き写すといった能力です。文字の読み書きや板書の写し間違いだけでなく、食器を並べる、衣服の前後を判断する、道順を理解するといった日常動作にも影響します。「写す」課題では、全体と部分の関係、線の方向、配置の順序に注意を向けられます。本人がどの順番で見ているか、どこで見失うかを観察すると、支援の手がかりが見えてきます。

言語理解と聴覚的な情報処理も重要です。聞いた内容を整理し、重要な部分や順序をつかみにくいと、説明が長くなるほど混乱します。返事はできていても、最初の指示しか残っていない場合もあります。短い文章の要点を答える、順番を覚える、言葉と絵を結びつける活動は、情報の受け取り方を確認する機会になります。

実行機能とは、目的に向かって行動を組み立て、必要に応じて修正する力です。計画、優先順位づけ、衝動の抑制、ルールの切り替え、自己点検などが含まれます。宿題に取りかかれない、片づけの順番がわからない、同じミスを繰り返す、予定変更で頭が真っ白になるといった困りごとには、この機能が関係している場合があります。「数える」「想像する」課題を使いながら、「最初に何を見るか」「どう進めれば間違いが減るか」「途中でどう確認するか」を言語化すると、単なる正答練習から行動の組み立て方を学ぶ支援に変わります。

社会的認知は、人の表情、声の調子、行動の背景、場面の流れなどから対人関係を理解する力です。相手が怒っているのか困っているのか、冗談なのか本気なのか、今話しかけてもよい状況なのかを考える際に使われます。ただし、相手の気持ちにいつも一つの正解があるわけではありません。本人の推測を否定するよりも、「その表情からはどんな可能性が考えられるか」「本人に確かめるならどう聞くか」を一緒に考える姿勢が大切です。

さらに、身体図式、運動計画、両手の協調、手指の巧緻性といった身体面も、コグトレの対象です。ボタンを留める、はさみを使う、箸を操作する、相手の動きをまねるといった活動は、単なる筋力の問題ではありません。見た情報と身体感覚を結びつけ、動作の順番を組み立て、適切な力加減に調整する必要があります。作業療法士がこうした活動を分析すると、本人が「できない」のではなく、「どの情報を使えばよいかわからない」ためにつまずいている場合もあることが見えてきます。

なぜ効果が期待されるのか:脳の可塑性だけでは説明できない

コグトレが役立つ可能性を考えるとき、まず挙げられるのが経験に応じて神経活動や情報処理の仕方が変化する「神経可塑性」です。人の脳は、学習や練習に伴って関連する神経ネットワークの働き方を変化させます。注意を向ける、情報を覚える、必要な刺激を選ぶ、行動を修正するといった処理を適切な難易度で繰り返すことにより、課題遂行の効率が高まる可能性があります。

認知機能には、前頭前野、頭頂葉、側頭葉、海馬などを含むネットワークが関わります。作業記憶や行動調整には前頭前野と頭頂葉、記憶には海馬などが関与します。ただし、「このプリントで前頭葉が鍛えられる」と断定することはできません。課題の変化には、練習への慣れ、代償的な工夫、環境調整も含まれるからです。

実際のセラピーで重要なのは、神経可塑性だけではなく「認知方略」を獲得することです。例えば、図形探しで見落としが多い人が、「左上から右下へ順番に見る」「探した場所に印をつける」という方法を覚えると、能力そのものの変化が大きくなくても、作業の成績は改善する場合があります。この工夫は、書類の確認、買い物リストの点検、服薬確認などにも応用できます。つまり、生活を楽にする鍵は、機能を強化することだけでなく、自分に合う使い方を見つけることにもあります。

もう一つの柱はメタ認知です。これは、自分が何につまずきやすいか、どの方法なら理解しやすいかを自分で把握する力です。「長い説明は途中で抜けるから、要点をメモする」「急ぐと見落とすので、最後にチェックする」「相手の気持ちが読みづらいときは、決めつけずに確認する」と気づけるようになると、本人は困りごとを調整しやすくなります。課題後に「どうしてできたと思う?」「次はどう工夫する?」と振り返る時間は、正解数を増やすことと同じくらい重要です。

さらに、成功体験と自己効力感の変化も見逃せません。繰り返し失敗してきた人は、課題を見るだけで「どうせできない」と感じやすくなります。適切な難易度から始め、少しずつできる経験を積むと、取り組みへの抵抗が下がり、新しい活動に挑戦しやすくなることがあります。ただし、これも必ず起こるとは限りません。難しすぎる課題を続けたり、他者と比較したりすれば、逆に自信を失う可能性があります。コグトレがセラピーとして機能するかどうかは、課題の内容だけでなく、支援者との関係や提示方法にも左右されます。

「問題が解ける」と「生活でできる」は別のこと

認知トレーニングを考えるうえで欠かせないのが「般化」と「転移」の問題です。練習した課題に近い能力が改善することを近い転移、練習していない学習や生活場面まで効果が広がることを遠い転移と呼びます。例えば、図形探しのプリントが上達することと、学校で板書を写せるようになることは同じではありません。ワーキングメモリ課題の点数が上がっても、薬の飲み忘れが減るとは限らないのです。

このため、セラピーでは課題と生活を意識的につなぐ必要があります。図形を探すときに「左から右へ順に確認する」方法を使ったら、次は教科書の問題文、買い物リスト、服薬カレンダーでも同じ方法を試します。短い指示を覚える練習をしたら、実際の調理活動で「手を洗う、材料を出す、鍋を準備する」といった手順に置き換えます。相手の表情を考える課題をしたら、集団活動の場面で「今、相手に確認したほうがよいことは何か」を一緒に振り返ります。

自閉スペクトラム症への応用:相手に合わせる訓練ではなく、生活をわかりやすくする

自閉スペクトラム症、いわゆるASDでは、社会的コミュニケーションの特性、予定変更への戸惑い、感覚刺激への敏感さ、視点の切り替えにくさなどがみられることがあります。ただし、ASDの人が全員同じ特徴を持つわけではありません。視覚情報の処理が得意な人もいれば、情報が多い場面で混乱しやすい人もいます。本人の強みを尊重しながら、困っている場面に関係する要素を整理することが必要です。

例えば、「友達が嫌な顔をしていることに気づけない」という相談があった場合、いきなり「相手の気持ちを読みなさい」と求めても、本人には何を見ればよいのかわかりません。まず、眉、口元、声の大きさ、身体の向き、会話の前後といった手がかりを分けて確認します。そのうえで、「怒っているかもしれない」「疲れているだけかもしれない」と複数の可能性を考え、「今、嫌だった?」と安全に確かめる方法を練習します。目標は相手の心を正確に当てることではなく、対人場面で使える手がかりと確認方法を増やすことです。

予定変更への対応には、認知の柔軟性を扱う課題が役立つ可能性があります。最初は同じ図形を探し、次は異なる図形を探すなど、ルールを少しずつ変えます。その際、「ルールが変わった」「前のやり方をいったん止める」「新しい条件を確認する」と手順を明確にします。ただし、生活上の不安が強い人にとって、見通しのない変更を何度も経験させることが望ましいとは限りません。予定表、事前説明、選択肢の提示などを組み合わせ、本人が安心できる範囲で取り組むことが重要です。

ASDの認知の柔軟性については、2024年のメタ解析で、小~中程度の困難が集団として示される一方、個人差が大きいことも報告されています。また、2025年のメタ解析では、運動を取り入れた介入が社会性やコミュニケーションに好影響を示しましたが、認知機能単独の改善は明確ではありませんでした。これらはASD支援で身体活動や柔軟性を考える参考になりますが、コグトレの効果を直接示した研究ではありません。ASDにおける認知の柔軟性のメタ解析 ASD児への運動介入に関するメタ解析

また、本人に一方的な「普通らしさ」を求める視点にも注意が必要です。対人関係のすれ違いは、ASDの人だけの問題ではなく、周囲が本人の伝え方や感覚特性を理解していないことからも生まれます。視線を無理に合わせる、苦痛のある表情模倣を繰り返す、本人の関心を否定するという形ではなく、「本人が困っていることを減らす」「周囲にも理解と調整を求める」という目標を共有することが、支援の質を大きく左右します。

ADHDへの応用:注意を鍛えるだけでなく、注意を支える環境をつくる

注意欠如・多動症、いわゆるADHDでは、不注意、多動性、衝動性の表れ方に個人差があります。忘れ物が多い、話を最後まで聞けない、課題を始めても途中で別のことに注意が移る、確認せずに答えてしまうといった困りごとの背景には、注意の維持、作業記憶、抑制、計画などが関係している場合があります。

コグトレを用いる場合は、まず短時間で終わる課題から始めます。例えば、複数の記号の中から指定された記号だけを見つける課題では、目についたものを片っ端から選ぶのではなく、「探す条件を確認する」「左から順に見る」「最後に見直す」という流れを確認します。急いで間違えてしまう人には、開始前に一呼吸置く、指で順番を追う、終わったところに印をつけるなどの工夫を組み合わせます。

聴覚的な作業記憶に負担がある場合は、指示を一つから始め、徐々に増やします。同時に、指示を短く区切る、紙に書く、手順表を使う、要点を復唱するといった環境調整も組み合わせます。

研究結果にも注意が必要です。2025年に掲載されたメタ解析では、ADHDのある子ども446人を含む10研究をまとめ、認知トレーニングが注意症状や実行機能に好影響を示した一方、多動性・衝動性には明確な改善が示されませんでした。他方、36件の無作為化比較試験を扱った別のメタ解析では、作業記憶の改善は確認されたものの、ADHD症状全体や学業成績への効果は限定的で、不注意の改善も小さく、実施場面に依存していました。ADHD児への認知トレーニング:2025年のメタ解析 ADHDに対するコンピューター認知訓練:盲検評価を含むメタ解析

したがって、コグトレはADHDの万能な治療ではなく、環境調整や必要な医療と組み合わせて使う支援方法と考えるのが適切です。

学習障害・境界知能・知的発達の課題にどう向き合うか

学習障害、現在の診断分類でいう限局性学習症では、知的発達全体の問題だけでは説明できない、読み、書き、計算の困難がみられます。例えば、文字を見分けにくい、読み飛ばす、書字に時間がかかる、文章題の意味を整理しにくいといった背景には、音韻処理、視覚認知、注意、言語理解、作業記憶など、さまざまな要素が関係します。すべての困難が同じ原因から生まれているわけではないため、評価なしに同じプリントを繰り返す方法では十分ではありません。

「写す」課題では、文字や図形をどのように見ているかを観察できます。形を部分ごとに捉えるのが苦手なのか、線の方向が入れ替わるのか、見本と自分の手元を交互に確認することが難しいのかによって、必要な工夫は変わります。「数える」課題でも、数そのものの理解が難しいのか、見落としが多いのか、順番にたどる方法が定着していないのかを見極めます。音読支援、音韻への直接的な指導、デジタル教材、代読・代筆、時間延長などが必要な場合には、コグトレだけで代替しないことも大切です。

境界知能や軽度の知的発達の課題がある人は、表面的には会話が成立するため、困りごとを見逃されることがあります。説明の理解、危険の予測、複数の手順の保持、金銭管理、就労場面での報告や相談などに負担を抱えていても、「本人は理解しているはず」と判断されやすいのです。支援では、抽象的な説明を減らし、具体的な場面に置き換え、本人が実際にできる方法を一緒に確認する必要があります。

国内の科研費研究では、境界知能に該当する少年院在院者や比較的若い成人受刑者を対象に、週1回・全15回の認知トレーニングを実施しました。その結果、比較群を設定した検討で、ウェクスラー記憶検査の論理的記憶課題が介入群で改善したと報告されています。研究では、処理速度、言葉や文章を聞き取る力、視覚イメージをつくる力が支援上の要点として挙げられています。ただし、対象集団が限定されており、この結果から一般の子どもやすべての精神疾患に同じ効果があるとは言えません。科研費研究:発達障害等の傾向を有する少年院在院者への認知機能強化介入

不器用さへの応用:身体と認知は別々に働いているわけではない

発達性協調運動症などの不器用さがある人は、「説明されたとおりに動けない」「手先の作業が苦手」「見本を見ても同じ姿勢をとれない」といった困難を抱えることがあります。こうした場面では、筋力や関節の動きだけでなく、身体の位置を感じる力、視覚情報と身体感覚を結びつける力、動作の順番を計画する力、必要な力加減を調整する力などが関係します。

認知作業トレーニングの考え方を使うと、支援者は「もっと頑張って動かして」と伝えるだけでなく、動作を小さな段階に分けられます。例えば、綿棒を積む活動では、つまむ位置、指先の力、視線を向ける場所、置く順序を一緒に整理します。相手の動きをまねる活動では、最初は左右がわかりやすい動作から始め、身体の向きや速度を調整します。必要に応じて鏡、目印、色分け、実際の道具を使いながら、情報の受け取り方を整えます。

身体の練習は生活から切り離しません。洗濯ばさみの操作は衣類を干すことへ、紙を切る練習は工作へつなげます。「器用になったか」だけでなく、「参加したい活動に参加しやすくなったか」を評価します。

統合失調症への応用:症状が落ち着いても残る生活上の困難を支える

統合失調症では、幻覚や妄想などの症状だけでなく、注意、処理速度、記憶、実行機能、社会的認知の困難が日常生活に影響することがあります。症状が落ち着いていても、説明を理解しにくい、作業の段取りが立てられない、会話の意図がつかみにくい、疲れるとミスが増えるといった理由で、復職や地域生活に苦労することがあります。

この領域では、コグトレそのものではなく、認知リハビリテーションという広い介入分野について、比較的多くの研究が蓄積されています。2021年の大規模メタ解析では、130研究、8,851人を対象とし、認知機能と生活機能の両方に小さいながら有意な改善が認められました。効果を高める要素として、訓練を受けた支援者の積極的な関与、認知方略の指導、心理社会的リハビリテーションとの統合が挙げられています。Vitaら:統合失調症の認知リハビリテーションに関する130研究の分析

さらに2024年のメタ解析では、67研究、5,334人の追跡データを検討し、認知機能と生活機能の改善が追跡時にも一定程度維持されることが示されました。特に、訓練内容を生活場面へつなぐ工夫や、精神科リハビリテーションとの統合は、生活機能の改善と関連していました。ただし、この研究もさまざまな認知リハビリテーションを対象としたものであり、日本のコグトレ教材の有効性を直接検証した結果ではありません。Vitaら:統合失調症の認知リハビリテーション効果の持続性

精神科デイケアや作業療法では、買い物リスト、時刻表、服薬表、職場のメモ、調理の手順表など、成人の生活に合った素材を使います。口頭指示を聞き漏らしやすい場合は、指示の復唱、メモ、終了後の確認を実際の作業と結びつけます。

うつ病・双極性障害などへの応用:回復期に残る「頭の働きづらさ」に着目する

うつ病では、気分の落ち込みだけでなく、集中しにくい、考えがまとまらない、決断できない、物事を覚えられないといった認知面の困りごとが起こることがあります。気分症状が改善した後も、注意や実行機能の負担が残り、復職や家事の再開を妨げる場合があります。本人が「怠けているのでは」と自分を責めている場合には、認知面の特性を整理すること自体が支援になることがあります。

2025年の多施設無作為化比較試験では、うつ病の成人101人を認知リハビリテーション群と対照群に割り付け、抑うつ症状、作業記憶、認知の柔軟性などで介入群に良好な結果が報告されました。ただし、完了者は81人であり、コグトレ教材一般の効果を示した研究ではありません。Barlatiら:うつ病に対する多施設無作為化比較試験

2026年のメタ解析では、27件の無作為化比較試験、1,692人を対象として、ワーキングメモリ訓練が訓練直後の抑うつ症状に小さな改善をもたらした一方、その効果は追跡時には維持されていませんでした。作業記憶の成績には比較的明確な改善がみられましたが、研究者は臨床的な有用性について慎重な解釈が必要だと述べています。ここでも、「認知課題ができるようになったこと」と「病気そのものが十分に改善したこと」を分けて考える必要があります。Baiら:抑うつ症状に対するワーキングメモリ訓練の2026年メタ解析

双極性障害などでも、注意、記憶、実行機能の困りごとが生活に影響する場合がありますが、状態に応じた慎重な調整が必要です。気分の変動が大きい時期や睡眠が崩れている時期に、集中力を求める課題を無理に続けることは勧められません。主治医や多職種と状態を共有し、安定期や回復期に短時間から始め、疲労、睡眠、活動量、生活目標を一緒に確認することが基本です。

セラピーで使うには:評価、課題、振り返り、生活への橋渡し

コグトレをセラピーで使用するとき、最初に必要なのは「どのプリントを使うか」ではなく、「本人が何に困っていて、どの生活場面を変えたいか」を確認することです。学校での板書、家庭での支度、病院での服薬管理、デイケアでの集団活動、就労準備など、本人にとって意味のある活動を聞き取ります。家族や支援者の困りごとだけで目標を決めず、本人がどう感じているかも確認します。

次に、困りごとを認知機能の観点から分析します。忘れ物が多い場合でも、予定を覚えていないのか、準備の順番が整理できないのか、必要な物を見落とすのか、時間の見積もりが難しいのかによって介入は異なります。板書が苦手な場合も、視力、視覚認知、注意の切り替え、書字の速度、手指の操作、疲労などを分けて検討します。必要に応じて、標準化された評価、行動観察、家族や学校からの情報、本人の自己評価を組み合わせます。

課題は、本人が取り組める難易度から始めます。例えば、「見つける」課題なら、最初は刺激の数を減らし、色や形の違いを明確にし、探す範囲も小さくします。「覚える」課題なら、情報量を少なくし、見て覚える方法と聞いて覚える方法のどちらが合うかを確認します。時間は5分程度から始めてもよく、疲労や集中力に応じて調整します。「1日5分」は書籍や教材で使いやすさを示す設定の一つであり、すべての人に最適な治療量が科学的に確定しているという意味ではありません。

実施中は正誤だけでなく、見本をどこから見るか、説明のどこで迷うか、ヒントでどう修正できるかを観察します。「どこから見るとわかりやすいかな」と問いかけ、使える方略を一緒に探します。

課題後には短い振り返りを行います。「今日はどんな方法が役に立ったか」「どの場面で同じ工夫が使えそうか」を本人の言葉で整理します。そのうえで、学校や家庭、病棟、就労準備の活動に結びつけます。例えば、「順番に探す」方法を服薬確認に、「聞いたことを復唱する」方法を作業指示に、「相手の表情だけで決めつけず確認する」方法を集団活動に応用します。この橋渡しがないと、練習課題の成績は上がっても、本人の生活が変わらないことがあります。

30分の個別セラピーなら、体調確認5分、認知課題10分、生活への応用10分、振り返り5分という構成も考えられます。時間配分は年齢、疲労、目的に応じて調整します。

実践例1:板書が苦手なASD傾向のある小学生

以下の三つの事例は、セラピーでの考え方を説明するために構成した架空の例です。

小学4年生のAさんは、授業中に黒板を写すことが苦手でした。ノートには行の抜けや文字の書き間違いが多く、書き終わらないまま次の説明に進むと不安が強くなります。学校では「集中していない」と見られていましたが、本人に話を聞くと、「黒板を見てノートを見ると、どこまで書いたかわからなくなる」と説明しました。

作業療法士は、単純な図形の模写と視覚探索を行い、黒板と手元の間で注意を切り替えると、位置を見失いやすいことを確認しました。そこで、模写課題では最初に図形を小さなまとまりに分け、「左上から順番に見る」「写した場所に指を置く」「一行ごとに確認する」という方法を練習しました。その後、実際の教科書の短い文章を使い、同じ方略で写す活動へつなげました。

学校には、板書を小分けに提示すること、書く量を必要に応じて減らすこと、重要な内容は配布資料や写真で補うことを相談しました。本人の課題だけを増やすのではなく、環境調整を一緒に行ったことで、「全部を急いで写さなければならない」という負担が軽くなりました。この例のポイントは、コグトレの模写課題を上達させることではなく、授業参加を楽にする方法を見つけることです。

実践例2:忘れ物と衝動的なミスが多いADHDのある中学生

中学1年生のBさんは、忘れ物が多く、テストでは問題を最後まで読まずに答えてしまうことがありました。保護者からは「何度注意しても変わらない」という相談がありましたが、本人は「急いで終わらせないと気が焦る」「見直しをしようと思っても、何を見ればいいかわからない」と話しました。

支援では、記号の中から条件に合うものを探す短い課題を使いました。最初は時間を測らず、「条件を声に出す」「一列ずつ探す」「終わった列に印をつける」という三つの手順を確認しました。次に、間違いが減る方法を本人と振り返り、そのまま学校のプリントへ応用しました。問題文には「何を答えるか」に線を引き、最後に確認する項目を一つだけ決めます。

忘れ物については、記憶力を鍛える課題だけに頼らず、玄関にチェック表を置き、前日に持ち物を写真で確認し、準備の順番を固定しました。本人が実際に使える工夫を選べるようにし、「注意されないこと」ではなく、「朝の支度が自分で進むこと」を目標にしました。こうした支援では、認知機能への働きかけと環境の工夫を組み合わせることで、本人の負担を減らしやすくなります。

実践例3:復職を目指す統合失調症のある成人

30代のCさんは、統合失調症の症状が落ち着き、復職を希望していました。しかし、デイケアの軽作業では指示を聞き漏らし、工程が増えると手が止まり、確認を忘れてしまうことがありました。本人は「仕事に戻っても迷惑をかけるのでは」と不安を感じていました。

セラピーでは、成人向けに調整した短い視覚探索課題と、口頭指示の要点を整理する課題を使用しました。単に正解を求めるのではなく、「最初に目的を確認する」「手順を三つまで書く」「終わったら一つずつ印をつける」「わからないときは聞き直す」という方略を一緒に作りました。その後、封入作業、書類の仕分け、買い物練習などで同じ手順を使い、疲労が強くなるときには休憩を挟むようにしました。

集団活動では、「相手が怒っている」とすぐに判断してしまう場面について、表情だけで決めつけず、状況を確認する方法を練習しました。必要に応じて、就労支援員と情報を共有し、職場で使える指示書、相談のタイミング、業務量の調整を検討しました。復職支援において大切なのは、プリントの成績ではなく、本人が働き続けるための具体的な方法と支援体制を整えることです。

効果をどう評価するか:正解数より生活の変化を見る

コグトレの効果を評価するときは、課題の正解数だけに注目しないことが重要です。同じ問題を繰り返せば、問題に慣れたことで点数が上がる場合があります。これは無意味ではありませんが、日常生活の改善を証明したことにはなりません。評価では、「何がどの程度できるようになったか」を、本人の生活目標に沿って確かめます。

例えば、板書の写し間違いの回数、支度にかかる時間、忘れ物の頻度、作業指示を復唱できた割合、服薬確認の自立度、買い物時の見落とし、集団活動で相談できた回数などを記録します。本人の満足度や疲労感、「前よりやりやすくなったか」という主観的な変化も重要です。必要に応じて、認知機能検査や行動評価を組み合わせますが、検査結果だけで生活上の変化を判断しないようにします。

改善しない場合は、難易度、目標設定、睡眠、薬の副作用、生活への応用方法を見直します。「できなかった」という結果を、本人の努力不足ではなく、支援を調整するための情報として扱います。

実施するときの注意点:無理をさせず、本人の尊厳を守る

感覚過敏、疲労、睡眠不足、不安、抑うつ、急性精神症状、薬の副作用、視力・聴力の問題などがある場合は、認知課題の成績が一時的に低下することがあります。特に、症状が不安定な時期や疲労が強い時期には、課題を休む、時間を短くする、刺激を減らすといった調整が優先されます。焦りや失敗感を強めるような実施方法では、かえって参加意欲を下げてしまいます。

年齢に合った教材を選ぶことも欠かせません。成人に幼児向けの課題をそのまま提示すると、馬鹿にされたように感じる場合があります。また、他者との点数比較、制限時間を使った競争、間違いの指摘ばかりを繰り返す関わりは、本人の自尊心を傷つける可能性があります。課題に取り組む理由を説明し、本人の同意を得て、どのような方法がやりやすいかを一緒に決めることが重要です。

書籍やワークシートの利用に際しては、著作権と利用条件にも注意してください。施設内で複製・配布する場合は、書籍や出版社が示す利用条件を確認し、許可されていない教材をインターネットに転載しないことが必要です。教材をそのまま診断の道具として扱うことも適切ではありません。診断や治療方針の決定は、医師や関係する専門職の評価を踏まえて行います。

研究からわかることと、まだわからないこと

コグトレについて調べるときには、「日本で開発されたコグトレというプログラムの研究」と、「海外を含む認知リハビリテーションや認知訓練全般の研究」を区別する必要があります。両者には共通する考え方がありますが、教材、実施時間、対象者、支援者の関与、評価方法は同じではありません。統合失調症の認知リハビリテーションに効果があるからといって、コグトレのすべての課題が同じ効果を持つと結論づけることはできません。

国内のコグトレ研究では、対象者数、比較方法、長期的な生活の変化、学校や精神科診療への応用可能性を慎重に検討する必要があります。どの課題が誰に合うか、最適な実施頻度はどの程度か、効果がどこまで続くかは十分に確立されていません。

2026年には、自閉スペクトラム症の成人を対象に、仮想現実を用いた社会的認知トレーニングの大規模無作為化試験の研究計画も公表されています。ただし、2026年8月時点では結果がまだ示されておらず、「効果が証明された」と紹介することはできません。新しい技術が登場しても、実際の生活が改善したか、本人が無理なく取り組めたか、効果が維持されたかを確認する視点は変わりません。自閉スペクトラム症の成人に対するVR社会認知トレーニングの研究計画

これから始める人におすすめの一冊『1日5分! 教室で使えるコグトレ』

「コグトレに興味はあるけれど、何から始めればよいかわからない」「発達障害のある子どもや、学校生活で困っている子どもに、具体的にどんな課題を使えばよいか知りたい」。そのような人に手に取りやすいのが、宮口幸治氏の『1日5分! 教室で使えるコグトレ』です。

この書籍は、注意力、感情の理解、危険の予測、人との関わり方、問題解決、身体の使い方などを扱い、全122種類、計157回分のワークを収録しています。出版社の案内では、学級全体での実施だけでなく、個別支援が必要な子どもへの使い方も紹介されています。課題の背景にある考え方や年間の実施計画も含まれているため、単にプリントを集めるだけでなく、「その子はなぜ困っているのか」を考える手がかりになります。

特に、作業療法士、言語聴覚士、心理職、教員、放課後等デイサービスの支援者、保護者にとっては、認知機能、社会性、身体活動を別々に捉えず、子どもの生活を総合的に見るための導入書として活用しやすい一冊です。病院や精神科領域で成人に応用する場合は、対象者の年齢、疾患、目的に合わせて素材や言葉遣いを調整し、成人向けの認知リハビリテーションとして適切に再構成する必要があります。

「できないことを何度も注意する」支援から、「なぜ難しいのかを理解し、できる方法を一緒に探す」支援へ。そんな視点の転換を具体的なワークとともに学びたい人は、ぜひ内容を確認してみてください。

1日5分! 教室で使えるコグトレ 困っている子どもを支援する認知トレーニング122 [ 宮口 幸治 ]価格:2420円

おわりに:本当に伸ばしたいのは「問題を解く力」だけではない

コグトレの魅力は、困りごとを本人の性格や努力不足だけで説明せず、背景にある認知、身体、社会的理解の働きに目を向けられることです。その仕組みを理解すると、支援者の声かけや環境の作り方も変わります。

ただし、最終目標は、プリントを速く正確に解くことではありません。学校で授業に参加できること、友達と安心して過ごせること、家庭で支度ができること、病気の回復後に自分らしく生活できること、必要なときに周囲へ助けを求められることが大切です。そのためには、認知機能への働きかけ、身体活動、社会的理解、環境調整、本人の自己理解をつなぎ合わせる必要があります。

「なぜできないのか」と責めるのではなく、「どうすればできる形に近づけるか」と一緒に考える。コグトレは、その問いを具体的な活動に変えていくための、一つの有力な手がかりです。

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