はじめに:脾臓ってどんな臓器?
「脾臓(ひぞう)」という名前を耳にしても、具体的にその役割を説明できる人は少ないかもしれません。胃や肝臓、心臓のような知名度の高い臓器とは違い、脾臓はその存在感が地味であるがゆえに見過ごされがちです。しかし、私たちの身体を守るために欠かせない免疫機能や、血液の質とバランスを保つ役割を担っている臓器です。
本記事では、脾臓の構造、機能、関連する病気、日常生活でできる健康維持のポイントなどについて、医学的な視点を取り入れながらわかりやすく解説します。前後編でたっぷりと、10分程度で読んでいただけるボリュームでお届けします。
脾臓の位置と構造
脾臓は腹部左上、肋骨の内側、胃の後方に位置し、横隔膜のすぐ下にあります。通常、重さは100~150gほどで、形は楕円形。肝臓や腎臓に比べて小さく、触診では確認できないため、その存在に気づかないことも多いです。
脾臓は柔らかくスポンジ状の構造を持ち、非常に血流が豊富です。外側は被膜に覆われており、その内側には「赤脾髄」と「白脾髄」という2つの主要な組織が存在しています。
- 赤脾髄:主に赤血球の除去や貯蔵、血小板の保持を行う領域で、血液のフィルターのような働きを持ちます。
- 白脾髄:免疫に関与し、リンパ球(B細胞・T細胞)を中心とする免疫細胞が集中しており、体内に侵入した病原体の監視と排除を担っています。
また、脾臓には太い脾動脈・脾静脈が通っており、1分間に大量の血液が流入・流出するほど血行動態が活発な臓器です。これは脾臓が全身の血液を検査・調整する場であることを示しています。
脾臓の主な機能
1. 古くなった赤血球の処理と鉄の再利用
赤血球は体内で約120日間働いた後、柔軟性を失い、機能不全に陥ります。これらの古い赤血球は、脾臓の赤脾髄にあるマクロファージによって認識され、分解・貪食されます。
その際、赤血球に含まれるヘモグロビンの鉄成分は再吸収され、肝臓や骨髄へと運ばれて新たな赤血球の材料として再利用されます。これにより体内の鉄資源は有効にリサイクルされ、貧血の予防にもつながります。
この仕組みが破綻すると、過剰な赤血球破壊(溶血)による貧血や、逆に不要な赤血球が蓄積して血液の質が低下するなどの問題が起こります。
2. 血液の貯蔵と出血時の緊急対応
脾臓は常に一定量の赤血球や血小板を保持しており、外傷や出血などの非常時に備えた“血液の貯金箱”の役割も果たしています。たとえば、交通事故や大出血を伴う手術のような緊急時には、脾臓に蓄えられた血液が一気に放出されて血圧の維持や酸素供給に貢献します。
また、血小板も貯蔵されており、血液凝固の補助としても重要な役割を持っています。
このように脾臓は、日常の静かな働きの裏側で、“万が一”に備えて体を守る準備をしてくれているのです。
脾臓の主な機能
3. 免疫機能の要:全身を守るフィルター
白脾髄にはリンパ球(B細胞、T細胞)が豊富に存在し、血液に乗って流れてくる異物、病原体、がん細胞などを検出して排除する働きをしています。脾臓は“血液の中にあるリンパ節”のような存在であり、全身性の感染症に対する初期防御ラインを担っているといっても過言ではありません。
また、B細胞によって産生される抗体は、体内に入ってきた異物に対する“免疫記憶”を形成し、次回の感染に対して迅速に反応できるよう準備を整えます。
脾臓を失うと、インフルエンザ菌b型(Hib)、肺炎球菌、髄膜炎菌といった莢膜(きょうまく)をもつ細菌に対する抵抗力が著しく低下します。このため、脾摘後はワクチン接種が推奨され、感染予防が極めて重要になります。
脾臓に関わる病気と症状
1. 脾腫(ひしゅ)とその背景疾患
脾腫は、慢性肝疾患、血液疾患(白血病・リンパ腫)、感染症(EBウイルス、マラリア)などさまざまな原因で起こります。脾腫が進行すると、正常な血球まで破壊される「過機能性脾臓」となり、貧血、血小板減少、免疫力低下などを引き起こします。
さらに、巨大な脾臓は胃や横隔膜を圧迫し、食欲不振や呼吸困難の原因になることもあります。
2. 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
自己免疫疾患の一つで、体内で作られた抗体が誤って自身の血小板を攻撃し、主に脾臓で破壊される病気です。皮膚の点状出血、歯ぐきや鼻からの出血などが初期症状です。
重症化すると内出血や脳出血のリスクもあるため、治療にはステロイド、免疫グロブリン製剤、さらには脾臓摘出術が行われる場合があります。
3. 脾臓破裂:命に関わる緊急事態
外傷や腫瘍性疾患、感染症などにより脾臓が破裂すると、腹腔内出血を起こして生命を脅かす状態になります。脾臓破裂の典型的な症状は左肩への放散痛(ケール徴候)や、突然の腹部激痛、意識低下などです。
破裂の程度によっては緊急手術(脾摘)が必要であり、早期の診断と処置が生死を分けることもあります。
脾臓を健康に保つための生活習慣
- バランスの取れた食事:鉄分、ビタミンB12、葉酸、亜鉛など造血や免疫に関わる栄養素を意識して摂取しましょう。
- 十分な休養とストレスケア:自律神経のバランスを整え、免疫系の働きを維持するために重要です。
- 適度な運動:血流を促進し、脾臓を含む内臓の代謝機能を高める効果があります。
- 感染症対策:手洗い・うがい、マスクの着用、ワクチン接種など、脾臓が弱った時の感染リスクを軽減する行動が大切です。
おわりに:静かな守護者としての脾臓
脾臓は決して主役級の存在ではないかもしれませんが、その働きは私たちの健康を陰で支える非常に重要なものです。特に、免疫や血液に異常がある場合には、脾臓が鍵となる臓器であることが多く、近年では免疫療法や血液疾患の研究においても注目されています。
「なんとなくだるい」「風邪を引きやすくなった」「あざができやすい」といった日常の不調も、実は脾臓のサインかもしれません。体の声に耳を傾ける習慣を持つことで、私たちはより健やかな毎日を手に入れることができるでしょう。
※ 本記事は医学的情報に基づいて作成されていますが、診断や治療を目的としたものではありません。症状が気になる方は、必ず専門医にご相談ください。
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