ASDの感覚異常とは何か?「感覚の入り口が狭い」脳を神経科学から考える

Uncategorized

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)というと、一般には「対人コミュニケーションが苦手」「こだわりが強い」「同じ行動を繰り返す」といった特徴が知られています。しかし、ASDのある人の日常生活を理解するうえで、もう一つ非常に重要なのが「感覚の感じ方の違い」です。掃除機やドライヤーの音を極端に嫌がったり、蛍光灯の光をまぶしがったり、服のタグや縫い目を強く不快に感じたりする人がいる一方で、痛みや寒さに気づきにくかったり、名前を呼ばれても反応が弱かったりする人もいます。また、身体を揺らす、回転する、強く押されることを好む、物の匂いを繰り返し嗅ぐといった、刺激を自分から求める行動もみられます。

一見すると、これらはまったく別の現象に見えます。しかし神経科学的に考えると、ASDの感覚特性は「感覚器が壊れている」というより、脳が大量の感覚情報をどのように選び、弱め、まとめ、予測し、意味づけするかという情報処理の違いとして理解すると分かりやすくなります。

ASDの感覚世界を説明する比喩として、私は「感覚の入り口が狭い」という表現が非常に分かりやすいと考えています。ただし、これは「耳や目から脳へ情報が入りにくい」という意味ではありません。むしろ逆に、不要な刺激まで大量に入ってきてしまうため、一度に処理できる情報量が限界に達し、結果的に世界との接点を狭めざるを得なくなる、という意味です。

つまりASDの感覚世界は、単純に「感じすぎる脳」でも「感じにくい脳」でもありません。より正確にいえば、感覚を調節する仕組みそのものが典型的な脳とは異なる可能性があるのです。


ASDの感覚異常は、現在では診断基準にも含まれている

ASDにおける感覚の問題は、以前は付随的な特徴として扱われることもありました。しかし現在では、その重要性が明確に認識されています。DSM-5以降の診断基準では、「感覚刺激に対する過剰反応または低反応、あるいは環境の感覚的側面への特異な興味」が、ASDの限定された反復的行動・興味の一つとして位置づけられています。

たとえば、大きな音を極端に嫌がる、特定の手触りを拒否する、温度や痛みに対する反応が弱い、物を繰り返し嗅ぐ、光るものを長時間眺めるといった特徴です。ただし、ASDの人すべてに同じ感覚異常があるわけではありません。聴覚には非常に敏感なのに痛みには鈍感という人もいれば、視覚刺激には強い関心を示す一方で、人から軽く触られることを苦痛に感じる人もいます。

このように、ASDにおける感覚特性は一方向ではありません。むしろ「どの感覚に」「どの程度」「どのように反応するか」という組み合わせが一人ひとり異なる、非常に個別性の高い特徴です。


ASDの感覚特性には大きく3つのタイプがある

ASDの感覚特性を理解するうえでは、「感覚過敏」「感覚鈍麻」「感覚探求」の3つに分けると整理しやすくなります。

感覚過敏とは、一般的にはそれほど強く感じられない刺激を、非常に強く感じる状態です。たとえば掃除機、ドライヤー、食器のぶつかる音、子どもの泣き声などを耐え難い騒音として感じたり、日常的な照明をまぶしすぎると感じたりします。軽く肩を触られることを強い不快感として感じたり、洋服の縫い目やタグが皮膚に刺さっているように感じたりすることもあります。

一方の感覚鈍麻では、刺激が存在していても反応が小さくなります。名前を呼ばれても気づかない、怪我をしても痛みを訴えない、暑さや寒さに対する反応が弱い、空腹や疲労に気づきにくい、といった特徴がみられることがあります。ただし、ここで注意したいのは「刺激を感じていない」とは限らないことです。感覚情報自体は脳へ届いていても、その情報へ注意を向けにくかったり、意味づけが遅れたり、行動に結びつかなかったりする可能性もあります。

そしてもう一つが感覚探求です。身体を揺らす、ジャンプする、回転する、手をひらひらさせる、強く身体を押しつける、物を繰り返し触る、特定の音や光を何度も楽しむといった行動がこれにあたります。こうした行動は一見すると「意味のない反復行動」に見えることがありますが、本人の神経系からすれば、必要な刺激を自分で補ったり、覚醒水準を調整したりする自己調節行動である可能性があります。

つまり、ASDの感覚特性は「敏感か鈍感か」という単純な一本の軸では説明できません。同じ人の中でも、ある刺激には過敏で、別の刺激には鈍感で、さらに別の刺激を積極的に求めるということが十分に起こり得るのです。


「感覚の入り口が狭い」とは、どういうことなのか

私たちは普段、自分がどれほど大量の感覚情報を処理しているかほとんど意識していません。今この文章を読んでいる瞬間にも、目には文字だけでなく部屋全体の光景が入っています。耳にはエアコンの音、外の車、家族の声、パソコンのファンの音などが届いています。さらに、服が皮膚に触れている感覚、椅子がお尻や背中を押している感覚、室温、身体の重さ、呼吸、心拍なども常に脳へ送られています。

それにもかかわらず、多くの人は文章を読むことに集中できます。これは脳が、入ってくるすべての情報を同じ強さで処理しているわけではないからです。脳は「今は文章が重要で、エアコンの音や服の感触は重要ではない」と自動的に振り分けています。必要な情報を強調し、不要な情報を背景へ追いやることで、私たちは限られた情報処理能力を効率的に使っています。

ASDでは、この「感覚の交通整理」の仕方が異なる可能性があります。エアコンの音、隣の人の咳、蛍光灯のちらつき、服の触感、誰かの話し声などが、どれも無視できない情報として残ってしまうと、脳が処理しなければならない情報量は急激に増えます。その結果、必要な情報に集中できる余裕が失われ、感覚過負荷、いわゆるsensory overloadが生じます。

ここで「感覚の入り口が狭い」という表現が意味を持ちます。実際には入り口が狭いのではなく、多すぎる情報が入り込むために、一度に開いておける“感覚の窓”を狭くせざるを得ないのです。これは非常に重要な違いです。

ASDの人が静かな場所を好む、同じ服を着る、決まった店へ行く、同じ食べ物を選ぶ、同じ道を通るといった行動を示すとき、それは単なる頑固さではないかもしれません。世界から入ってくる情報量を、自分が処理できる範囲まで減らしている可能性があるのです。


メカニズム① 感覚ゲーティング―「不要な情報を門前払いする」仕組み

ASDの感覚処理を理解するうえで重要な概念の一つが「感覚ゲーティング」です。英語のgatingは「門を開閉する」という意味で、脳が入ってくる感覚情報のうち、重要なものを通し、重要でないものを弱める働きを指します。

分かりやすい例が時計の音です。静かな部屋に入った直後には時計の「カチ、カチ」という音が気になることがあります。しかし数分すると、時計は鳴り続けているにもかかわらず、ほとんど意識しなくなります。耳には同じ音が入り続けているのに、脳が「これは変化しないし危険でもない」と判断し、処理の優先順位を下げているからです。

ASDでは、この感覚ゲーティングに違いがある可能性が指摘されています。最近の神経生理学的研究でも、ASDではP50、P100、N170など、感覚入力後のさまざまな時間帯に生じる脳反応のタイミングが典型発達者と異なる可能性が示されています。ただし、単純に「ASDでは脳反応が全部強い」という結果ではありません。むしろ、どの段階で情報を選別し、どのタイミングで弱めるのかという時間的な処理に違いがあると考えた方が自然です。

もし脳のフィルターが十分に機能しなければ、普通なら背景に消えていく刺激がいつまでも意識に残ります。その状態で学校、職場、ショッピングモール、電車などの刺激が多い環境へ入れば、脳は大量の情報処理を強いられることになります。


メカニズム② 「慣れ」が起こりにくい

感覚ゲーティングと関連する重要な仕組みが「馴化」、つまり慣れです。人間の脳は同じ刺激が繰り返されると、その刺激に対する神経反応を徐々に小さくしていきます。最初は気になる音でも、しばらく聞いていると気にならなくなるのはこのためです。

ASDでは、この馴化が起こりにくい人がいることが複数の研究で示唆されています。聴覚刺激や触覚刺激を繰り返し提示した研究では、典型発達者では時間とともに脳活動が低下していくのに対し、ASDではその低下が小さいケースが報告されています。とくに感覚過敏の強い人では、感覚野だけでなく、情動に関係する扁桃体の反応も長く続くことがあります。

これは日常生活を考えるうえで非常に重要です。定型的な感覚処理では、エアコンの音を最初は「音」として認識しても、しばらくすると「いつもの音だから無視してよい」と処理できます。しかしASDでは、同じ音が何度も新しい刺激として残り続ける可能性があります。

感覚過敏というと、音そのものが普通の人より何倍も大きく聞こえるようなイメージを持ちやすいのですが、それだけではありません。刺激を時間とともに薄められないことでも、世界は非常に騒がしく感じられるのです。


メカニズム③ 予測する脳とASD

近年のASD研究でとくに注目されているのが「予測処理」という考え方です。私たちの脳は、外から情報が入ってくるのを受け身で待っているわけではありません。常に「次はこうなるだろう」と予測し、その予測と実際に入ってきた情報との差を計算しています。

たとえば、自分でドアを閉めるときには、脳は「もうすぐバタンという音がする」と予測しています。そのため実際に音がしても驚きません。しかし、突然背後から同じ大きさの音が鳴れば驚きます。音量が同じでも反応が違うのは、予測できていたかどうかが違うからです。

脳科学では、予測と実際の入力との差を「予測誤差」と呼びます。予測どおりの情報は重要度を下げ、予測外の情報には注意を向けます。このシステムがあるからこそ、私たちは世界のすべてを一から分析せずに済んでいます。

ASDの予測処理仮説では、この「予測」と「実際の感覚情報」の重みづけが典型発達者とは異なる可能性が議論されています。過去の経験から作られた予測よりも、その瞬間に入ってくる生々しい感覚情報へ強い重みが置かれると、毎回の刺激が新鮮で重要なものとして処理されやすくなります。

ただし現在の研究では、「ASDでは予測が弱い」と単純に断定できるわけではありません。2025年に発表された予測処理研究のメタ解析でも、ASDに特徴的な傾向は認められたものの、研究ごとのばらつきは非常に大きく、すべてのASD者を一つのモデルで説明することは難しいとされています。現在では、予測そのものが弱いというより、予測と感覚情報のバランスが、状況や個人によって異なると考える方が妥当です。


「予告される」と感覚刺激に耐えやすくなる可能性

予測処理の考え方を臨床的に理解するうえで、とても興味深い研究があります。ASDのある人に不快な聴覚刺激や触覚刺激を与え、その刺激が来ることを事前に知らせた場合と、突然提示した場合を比較すると、突然の刺激ではASD群の感覚関連領域が強く反応する一方、事前に「次にこの刺激が来る」と予告すると、その群差が小さくなるという研究が報告されています。

これは非常に重要な意味を持ちます。ASDの感覚過敏は、刺激の強さだけで決まるわけではなく、予測できるかどうかによっても大きく変化する可能性があるからです。

たとえば、突然身体に触れるより「今から肩に触ります」と伝える、突然掃除機を動かすより「これから掃除機を使います」と知らせる、突然予定を変更するより「あと10分で予定が変わります」と伝える。このような対応は、一見すると単なる丁寧な声かけに見えますが、神経科学的には感覚処理そのものを助けている可能性があります。


ASDの「こだわり」と感覚異常は、実はつながっているのかもしれない

ASDでは、毎日同じ服を着たがる、決まった食べ物しか食べない、いつも同じ道を通りたがる、座る場所を固定する、予定変更を極端に嫌がるといった「同一性へのこだわり」がみられることがあります。

これを単に「変化が嫌い」「融通が利かない」と捉えると、本質を見失う可能性があります。感覚処理や予測処理の観点から考えると、「同じであること」には大きな意味があります。同じ場所なら、どんな音がするか分かります。同じ服なら、どんな触感か分かります。同じ食べ物なら、味や匂い、食感が予測できます。同じ道なら、どこで人が多くなり、どこで車の音が大きくなるかも分かります。

つまり「いつも同じ」は、世界を予測可能にします。予測可能な環境では予測誤差が小さくなり、脳が処理しなければならない新しい情報量も減ります。その意味では、ASDのこだわりの一部は、感覚世界を安定させるための自己調節戦略として理解できる可能性があります。

もちろん、ASDのこだわりをすべて感覚処理だけで説明することはできません。しかし「こだわり」と「感覚異常」を完全に別の症状として考えるより、予測できない刺激の多い世界を、自分が処理可能な状態に整える行動として考えると、多くの現象がつながって見えてきます。


メカニズム④ 興奮と抑制のバランス

ASDの脳研究で長年議論されているものに「興奮/抑制バランス」、いわゆるE/I balanceがあります。脳内では、神経細胞を活動させる興奮性の信号と、過剰な活動を抑える抑制性の信号が常にバランスを取っています。代表的な興奮性神経伝達物質がグルタミン酸で、抑制性神経伝達物質がGABAです。

もし局所的な神経回路で抑制が十分に働かなければ、本来なら消されるはずの細かな情報まで残りやすくなります。その結果、刺激の境界が曖昧になったり、細かな刺激にまで神経細胞が反応したりする可能性があります。

ただし「ASDでは脳全体の興奮が強い」という理解は現在では単純すぎると考えられています。近年の研究では、単純に脳活動が増えるのではなく、特定の神経回路で刺激に対する選択性が低下したり、本来はある刺激だけに反応するニューロンが、より幅広い刺激に反応するようになったりする可能性が示されています。

つまり問題は「音量が大きい」というより、脳内で情報を細かく分ける境界線が不安定になることなのかもしれません。


メカニズム⑤ 視床という感覚の門番

感覚情報の多くは、大脳皮質に直接届くわけではありません。途中で「視床」という脳の深部にある構造を通ります。視床は以前、単なる「感覚情報の中継駅」と説明されることが多かったのですが、現在ではもっと積極的な役割を持つことが分かっています。

視床は、どの感覚情報を大脳へ送り、どの情報を強調し、どの情報を弱めるかを調節しています。また、注意や覚醒状態によって皮質との情報のやり取りを変える働きもあります。そのため視床は、感覚世界の「門番」と表現することができます。

ASDでは、視床と大脳皮質との機能的結合が典型発達者とは異なるという研究が多数あります。もし視床での情報選別が変化すれば、本来なら背景へ追いやられるはずの刺激まで大脳へ送られたり、反対に必要な刺激を十分に強調できなかったりする可能性があります。

ASDで感覚過敏と感覚鈍麻が同じ人の中に共存することを考えると、単なる感覚器の感度の問題ではなく、こうした「どの情報を通すか」というゲーティングの問題を考える必要があります。


メカニズム⑥ 扁桃体が「不快」「危険」と判断する

感覚過敏を理解するとき、感覚野だけを考えても十分ではありません。もう一つ重要なのが扁桃体です。扁桃体は恐怖、脅威、不安、刺激の重要度などに深く関わる脳領域です。

ASDの感覚過敏に関するfMRI研究では、不快な音や触覚刺激に対して、一次感覚野だけでなく扁桃体や海馬、前頭前野などの活動が強くなるケースが報告されています。つまり本人にとっては、単に「音が大きい」のではなく、その音が「危険」「不快」「避けるべき刺激」として脳内で処理されている可能性があります。

そうなると身体には自律神経反応も起こります。心拍数が上がり、筋肉が緊張し、呼吸が速くなり、「ここから逃げたい」という反応が生じます。その状態にある人へ「そんなにうるさくないよ」「我慢しなさい」と言っても、本人の神経系ではすでに防御反応が始まっているため、理屈だけで落ち着くのは難しいでしょう。

感覚過敏は単なる「好き嫌い」ではなく、脳と身体全体が刺激を脅威として処理している状態になることがあるのです。


感覚過敏と不安は悪循環を作る

ASDの感覚特性と不安には強い関連があります。刺激に敏感であれば、「いつ大きな音が鳴るか」「いつ人に触られるか」「いつ予定が変わるか」と常に警戒するようになります。警戒が強まれば身体の覚醒水準は上がり、通常なら気にならない刺激にも反応しやすくなります。

すると、感覚過敏によって不安が高まり、不安によってさらに感覚過敏が強くなるという循環が形成されます。

これは臨床的にも非常に重要です。「普段は大丈夫なのに、今日は音を嫌がる」という場合、その日の睡眠不足、疲労、緊張、不安、人間関係のストレスなどによって、神経系の余裕が少なくなっている可能性があります。

感覚特性は固定されたものではありません。同じ人でも、体調や心理状態によって大きく変動します。


感覚のコップがいっぱいになる「sensory overload」

感覚過負荷を理解するときには、「コップ」のイメージが分かりやすいでしょう。

朝起きたときには、コップはほとんど空です。しかし通勤電車の人混み、駅のアナウンス、職場の蛍光灯、電話の音、人との会話、服の感触、パソコン画面、さまざまな予定変更などが少しずつ積み重なっていきます。

夕方になる頃には、コップはほぼ満杯になっています。そこで誰かが机を強く閉める。周囲から見ると「それくらいの音で?」と思うかもしれません。しかし本人にとって、その音はコップをあふれさせた最後の一滴だったのです。

この状態になると、脳は高度な処理を維持することが難しくなります。言葉を理解しにくくなり、自分の状態を説明する余裕もなくなり、逃げる、耳を塞ぐ、怒る、泣く、動けなくなるといった反応が生じることがあります。

こうした状態を単純に「問題行動」と捉えると、さらに声をかけたり、説得したり、注意したりしてしまうことがあります。しかし感覚過負荷が原因なら、必要なのは情報を増やすことではなく、逆に減らすことです。静かな場所へ移動する、照明を弱める、話しかける量を減らす、安心できる刺激を使うなど、感覚入力そのものを減らす必要があります。


メカニズム⑦ 複数の感覚を一つにまとめる「多感覚統合」

私たちは普段、一つの感覚だけを使って世界を理解しているわけではありません。たとえば会話するときには、相手の声を聞きながら、口の動き、顔の表情、視線、身体の向きなどを同時に見ています。それらを一つの出来事としてまとめることで、「この人が自分に話している」と理解できます。

この複数の感覚をまとめる働きを「多感覚統合」と呼びます。ASDでは、この統合、とくに時間的な統合に違いがある可能性が報告されています。

映像の口の動きと声がわずかにずれていたとしても、多くの人はある程度までは「同じ出来事」としてまとめられます。しかしASDでは、この統合できる時間の幅が異なることがあります。もし視覚と聴覚が一つにまとまりにくければ、会話を理解するだけでもより多くの認知資源が必要になります。

このことから考えると、ASDの感覚異常と社会的コミュニケーションの難しさは完全に独立した問題ではないかもしれません。人の表情を理解し、言葉の意味を読み取り、相手の意図を推測する前に、視覚と聴覚を統合する段階ですでに大きな負荷がかかっている可能性があるからです。


社会性の問題に見えて、実は感覚処理の問題かもしれない

たとえば学校の教室を想像してください。先生の話を聞くためには、先生の声だけを拾い上げる必要があります。しかし実際には、隣の子の話し声、廊下を歩く音、椅子を引く音、エアコン、蛍光灯、外を走る車、服の触感など、無数の情報があります。

典型的な感覚処理では、これらの多くを背景へ追いやり、先生の声に注意を向けられます。しかし、もしすべての刺激が同じような重要度で入ってきたらどうでしょう。先生の言葉を理解する以前に、脳の処理能力の多くが環境刺激への対応に使われてしまいます。

周囲から見ると「話を聞いていない」「人への関心がない」「集中力がない」と見えるかもしれません。しかし実際には、社会的情報を処理する余裕が感覚処理によって奪われている可能性があります。

この視点は、ASDの対人コミュニケーションを理解するうえでも非常に重要です。


内受容感覚―「自分の身体の状態」を感じる感覚

ASD研究で近年注目されている感覚の一つが「内受容感覚」です。これは、心拍、呼吸、空腹、喉の渇き、尿意、疲労、身体の緊張など、自分の身体内部から生じる信号を感じ取る働きです。

もし内受容感覚の処理に違いがあれば、「お腹が空いている」「疲れている」「緊張している」「もう限界に近い」といった身体状態を自覚しにくくなる可能性があります。自分の身体状態を把握できなければ、休むタイミングや気持ちを切り替えるタイミングも分かりにくくなります。

ただし最近の研究では、「ASDなら必ず内受容感覚が弱い」とは言えないことも分かっています。心拍を正確に感じ取る能力などを調べた研究では、ASD群と定型群で明確な差が出ない場合もあります。

そのため現在では、「身体信号そのものを感じられるか」「身体へ注意を向けるか」「感じた身体信号をどのような感情として解釈するか」を分けて考える必要があります。


ASDの感覚特性の原因は一つではない

ここまで見てきたように、ASDの感覚異常を一つの原因で説明することはできません。

感覚ゲーティング、馴化、予測処理、視床―皮質ネットワーク、興奮と抑制のバランス、扁桃体、多感覚統合、自律神経、注意機能など、さまざまなシステムが関係している可能性があります。さらにASDには多様な遺伝的背景があり、シナプス形成や神経発達の違いも関連します。

つまり、

「一つの脳部位が壊れる」

「感覚異常が起こる」

という単純な病態ではありません。

むしろ複数の神経発達上の特徴が組み合わさることで、ある人では聴覚過敏が強く、ある人では触覚過敏が強く、ある人では感覚探求が中心になると考える方が自然です。

ASDの感覚特性には、非常に大きな個人差があります。このため、診断名だけを見て「ASDだからイヤーマフ」「ASDだから感覚統合療法」と決めるのではなく、その人固有の感覚プロファイルを評価する必要があります。


支援では「どの刺激が問題なのか」を細かく見る

ASDの感覚特性への支援では、「音が苦手」という程度の情報だけでは不十分です。

どんな音が苦手なのかをさらに分解します。大きな音なのか、突然の音なのか、高い音なのか、人の声が重なることなのか、機械音なのか。視覚であれば、明るさなのか、点滅なのか、物が多いことなのか、人の動きなのかを確認します。

触覚についても、軽く触られることが嫌なのか、服の素材が嫌なのか、逆に強い圧迫刺激を好むのかによって対応は変わります。

さらに重要なのは、刺激だけでなく状況を見ることです。朝は大丈夫だが夕方になると苦手になるのか、疲労時に増えるのか、人が多いと悪化するのか、事前に知らせると改善するのか、本人がどのような自己調節方法を使っているのかを観察します。

このように見ると、本人の行動が非常に合理的に理解できることがあります。


「慣れさせる」より、「生活しやすくする」

感覚過敏に対して、「嫌がっていても慣れさせなければいけない」と考えることがあります。しかし支援の目的は、苦痛に耐えられるようにすることではありません。

大切なのは、その人が生活しやすくなることです。

学校へ通える。仕事を続けられる。買い物に行ける。食事を楽しめる。人と話せる。疲れすぎない。自分で刺激を調整できる。こうした生活上のアウトカムの方が重要です。

そのため、必要に応じてイヤーマフやノイズキャンセリング機器を使う、照明を調整する、人混みを避ける、服の素材を変える、静かな休憩場所を確保する、予定を視覚化する、刺激が起こる前に予告するといった環境調整が役立ちます。

ここで重要なのは、「感覚の窓を無理やり広げる」のではなく、世界の側から入ってくる情報量を整理するという発想です。


感覚統合療法はどう考えればよいのか

作業療法領域では、Ayres Sensory Integration、いわゆる感覚統合療法が知られています。感覚統合療法に関しては長年議論が続いていますが、近年の研究では、ASD児に対して個別に設定した作業遂行や参加目標を改善する可能性が示されています。

一方で、「ASDそのものを治す」「感覚異常をすべて正常化する」といった目的で行うものではありません。また、易刺激性や行動上の問題すべてを改善するという強い根拠があるわけでもありません。

感覚統合アプローチを用いる場合も、最終的な目的は「感覚を正常にする」ことではなく、その人がやりたい活動に参加しやすくなることに置く必要があります。

作業療法であれば、食事、更衣、入浴、学校生活、遊び、仕事、外出など、具体的な生活行為の中で感覚特性がどのような障壁になっているのかを評価し、その人に合った方法を考えることが重要です。


「感じすぎる脳」ではなく、「感覚を調整する方法が違う脳」

ASDの感覚異常を「感覚が鋭い」と一言で説明することがあります。しかし、それでは感覚鈍麻や感覚探求を説明できません。

より本質的には、ASDでは感覚情報を「受け取る」「選ぶ」「抑える」「慣れる」「予測する」「統合する」「意味づけする」という一連の処理が、典型的な脳とは異なる可能性があると考えた方がよいでしょう。

ある刺激には過敏になる。ある刺激には気づきにくい。そして別の刺激を自分から求める。この複雑さこそ、ASDの感覚特性の本質です。

そのため、「ASDの人は感覚過敏である」という一面的な理解ではなく、一人ひとりの脳が、世界から届く情報をどのように調節しているのかを見る必要があります。


「感覚の入り口が狭い」をもう一度考える

最後に、「感覚の入り口が狭い」という表現に戻りましょう。

ASDでは、外から入ってくる情報自体が少ないわけではありません。むしろ、普通なら背景へ消えていく情報まで細かく残ることで、脳が処理しなければならない情報量が増えている可能性があります。

もし典型的な脳が100個の刺激のうち90個を背景へ追いやり、10個だけを意識的に処理していると仮定します。ASDでは、100個の刺激のうち50個、60個、あるいはそれ以上が「無視できない刺激」として残る人がいるかもしれません。

そうなれば、世界との接点を狭める必要があります。

静かな部屋へ移動する。同じ服を着る。同じ食べ物を選ぶ。同じ道を歩く。人の少ない場所を選ぶ。耳を塞ぐ。身体を揺らす。決まった手順を繰り返す。

外から見ると、「世界を狭くしている」ように見えます。

しかし本人の脳から見れば、広すぎる世界を、自分が安全に処理できる大きさへ調整しているのかもしれません。

ここに、ASDの感覚過敏、感覚探求、こだわり、同一性への強い要求、さらには社会的コミュニケーションの難しさまでがつながってきます。


まとめ ASDの感覚異常は「世界の受け取り方」の違いである

ASDにみられる感覚特性には、感覚過敏、感覚鈍麻、感覚探求などがあります。その背景には、感覚ゲーティング、馴化、予測処理、興奮と抑制のバランス、視床―皮質ネットワーク、扁桃体、多感覚統合、内受容感覚、自律神経系など、さまざまなメカニズムが関係していると考えられています。

近年の研究が示しているのは、「ASDの感覚異常には一つの原因がある」ということではありません。むしろ、複数の情報処理の特徴がさまざまな組み合わせで存在し、その人固有の感覚世界を作っているということです。

したがって、ASDの人が大きな音を嫌がったり、触られることを拒否したり、同じ服を着たり、身体を揺らしたりするとき、その行動だけを見て「わがまま」「こだわり」「問題行動」と判断するのではなく、

「この人には今、世界がどのように感じられているのだろう」

と考える必要があります。

ASDのある人が世界との接点を狭めているように見えるとき、もしかすると本人が世界を狭くしているのではありません。

世界の方が、あまりにも広く、強く、細かく入りすぎているのかもしれないのです。

だからこそ支援では、感覚の窓を力ずくで広げることよりも、入ってくる刺激を整理し、予測できるようにし、自分で調整する方法を増やしていくことが大切です。

ASDの感覚特性を理解することは、単なる「感覚過敏の知識」を得ることではありません。

それは、ASDの人が世界をどのように受け取り、どのように自分を守り、どのように世界とつながろうとしているのかを理解することなのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました