前頭葉機能障害は、単に「知能が低下する障害」と考えると理解しにくい部分があります。
もちろん、注意力、処理速度、ワーキングメモリ、問題解決能力などが低下することはあります。しかし臨床場面で特に問題になりやすいのは、見えている、聞こえている、理解している、記憶もある程度あるにもかかわらず、それらを目的に沿ってうまく使えないという点です。
たとえば、患者さんが「やるべきこと」はわかっているのに、実際の生活場面では段取りが崩れてしまうことがあります。
着替えの途中で手順が止まる。
トイレ動作でブレーキ確認を忘れる。
食事準備中に別の作業に注意が移ってしまう。
予定を立てても、途中で本来の目的から逸れてしまう。
ミスに気づかず、そのまま行動を続けてしまう。
このような状態は、「理解していない」というより、目標を保持し、注意を向け、行動を整理し、途中で確認する力がうまく働いていない状態と考えると理解しやすくなります。
前頭葉機能障害は「マネジメントの障害」と考える
前頭葉、とくに前頭前野は、外界から入ってくる情報や、記憶・感情・内言語・イメージといった内的な情報を、目的に沿って整理し、選択し、抑制し、行動へつなげる働きに関わっています。

つまり前頭葉機能は、単に情報を処理するというより、情報をどう使うかを調整する機能だと考えることができます。
視覚情報、聴覚情報、言語理解、空間認知、記憶、感情などは、それぞれ重要な認知機能です。しかし、それらの情報があっても、今の目的に合わせて使えなければ、生活行為はうまく成立しません。
そのため、前頭葉機能障害の本質は、次のように捉えることができます。
前頭葉機能障害とは、外部からの情報や内部からの情報を、現在の目標や状況に合わせて整理・選択・抑制・統合し、適切な行動へ組織化することが難しくなる障害である。
この考え方に立つと、支援の方向性も変わります。
単に「もっと注意してください」「ちゃんと考えてください」と伝えるだけでは不十分です。必要なのは、患者さんが自分の行動を整理しやすくなるように、目標を見える化すること、手順を分けること、途中で確認する仕組みを作ることです。
その代表的なアプローチの一つが、Goal Management Training:GMT、目標管理訓練です。
GMTとは何か
Goal Management Training、略してGMTは、前頭葉機能障害や遂行機能障害に対する認知リハビリテーションの一つです。
GMTは、特に次のような問題に対して用いられます。
目標を忘れてしまう。
作業の途中で注意がそれる。
自動的・習慣的に行動してしまう。
手順を分解できない。
途中でミスに気づけない。
今やっていることが本来の目的に合っているか確認できない。
GMTの基本的な考え方はとてもシンプルです。
いったん止まる。
今の目標を確認する。
手順に分ける。
実行する。
途中で確認する。
この流れを繰り返し練習することで、行動の自己コントロールを助けていきます。
GMTの中心:「STOP」
GMTで重要なのは、STOP という考え方です。
前頭葉機能障害があると、人は外からの刺激やその場の習慣的な行動に引っ張られやすくなります。すると、本来やるべきことから逸れてしまったり、途中で目的を忘れてしまったりします。
そこで、まず「止まる」ことを練習します。
これは単に落ち着くという意味ではありません。
自動的に動いてしまう流れを一度止めて、今、自分は何をしようとしているのかを確認するための停止です。
GMTの流れは、次のように整理できます。
Stop:いったん止まる
自動的に動く流れを止めます。
State:今の目標を言う
「今から何をするのか」を言語化します。
Split:手順を分ける
大きな課題を小さな手順に分解します。
Do:実行する
分けた手順に沿って行動します。
Check:確認する
今の行動が目標に合っているか、ミスがないか確認します。
この流れは、前頭葉の働きを外から補助する方法とも言えます。
本来であれば頭の中で自然に行われる「目標の保持」「手順の整理」「注意の制御」「行動の確認」を、言葉やチェックリスト、環境調整によって外在化するのです。
どのような患者さんに向いているか
GMTが向いているのは、基本的な理解力や言語能力がある程度保たれている一方で、生活場面で段取りが崩れやすい人です。
たとえば、次のようなケースです。
更衣の手順が途中で止まる。
トイレ動作で一部の手順を忘れる。
車椅子のブレーキ確認を忘れる。
作業中に別の刺激へ注意が移る。
予定を立てても実行中に目的を忘れる。
ミスをしても自分で気づきにくい。
このような場合、本人に何度も説明するだけでは改善しにくいことがあります。
なぜなら問題は「知らないこと」ではなく、知っていることを必要なタイミングで使えないことにあるからです。
そのため、GMTでは、本人が自分で止まり、自分で目標を確認し、自分で手順を意識できるように支援していきます。
ただし、重度の意識障害、重度の失語、重度の記憶障害、著しい病識低下がある場合には、GMTをそのまま行うことは難しいことがあります。その場合は、本人の内的な自己管理に頼るよりも、環境調整や外的手がかり、家族・スタッフ側の支援設計がより重要になります。
臨床場面での使い方
GMTは、机上の認知訓練として行うこともできますが、臨床ではADL練習の中に組み込むと使いやすくなります。
たとえば、更衣動作で考えてみます。
まず、始める前に一度止まります。
「今から何をしますか?」
患者さんに、今の目標を言語化してもらいます。
「上着を着替える」
「ズボンを履く」
「着替えを終える」
次に、手順を分けます。
服を取る。
前後を確認する。
袖を通す。
裾を整える。
着られたか確認する。
そして、実行中に確認します。
「今、どこまで終わりましたか?」
「次は何をしますか?」
「間違いはありませんか?」
ここで大切なのは、スタッフがすべて指示してしまわないことです。最初はスタッフが促してもよいですが、徐々に本人が自分で確認できる形へ近づけていくことが重要です。
トイレ動作での例
トイレ動作でもGMTは応用できます。
たとえば、トイレ動作で車椅子のブレーキを忘れたり、下衣操作を途中で忘れたり、手洗いを忘れたりする患者さんがいるとします。
この場合、「忘れないでください」と言うだけでは不十分です。
GMT的には、まずトイレに入る前に一度止まります。
「今の目標は、安全にトイレを済ませることです」
次に、手順を見える化します。
- ブレーキを確認する
- 立ち上がる
- 下衣を下ろす
- 排泄する
- 下衣を戻す
- 手を洗う
- ブレーキや姿勢を確認する
- 車椅子で戻る
最初はチェックリストを見ながら行ってもよいです。
慣れてきたら、スタッフが「次は何ですか?」と確認します。
さらに慣れてきたら、本人が自分で手順を言えるようにします。
このように、GMTでは、患者さんの行動をただ代行するのではなく、自分で目標を確認し、自分で行動を整理する力を支えることを目指します。
エビデンス上の位置づけ
GMTは、前頭葉機能障害や遂行機能障害へのアプローチとして研究されてきた方法です。
特に、脳損傷後の遂行機能障害に対して、目標管理、メタ認知的方略、外的手がかり、日常生活課題への応用を組み合わせることの重要性が指摘されています。
ただし、ここは慎重に理解する必要があります。
GMTは有望な方法ですが、すべての患者さんに同じように効果がある万能な方法ではありません。また、GMT単独で劇的に生活が改善するというより、環境調整、家族・スタッフ教育、ADL練習、外的手がかり、本人の病識や意欲への支援と組み合わせることで臨床的な意味が大きくなります。
つまり、GMTは「これだけやればよい」という方法ではなく、前頭葉機能障害に対する支援の中核となる考え方の一つと捉えるのが適切です。
まとめ
前頭葉機能障害は、単なる知能低下ではありません。
見える。
聞こえる。
話せる。
覚えている。
感情もある。
理解もできる。
それでも、生活場面ではうまく行動できないことがあります。
その背景には、外部からの情報や内部からの情報を、目的に沿って整理し、選択し、抑制し、行動へまとめていく機能の障害があります。
そのため、前頭葉機能障害への支援では、「もっと考えてください」と求めるだけでは不十分です。
必要なのは、考えるための型を作ることです。
いったん止まる。
目標を確認する。
手順に分ける。
実行する。
途中で確認する。
この流れを支援するGMTは、前頭葉機能障害を「マネジメントの障害」と捉えたときに、とても理にかなったアプローチです。
患者さんの能力を奪うのではなく、患者さんが自分の力を使いやすくなるように、目標や手順を外に出して見える形にする。
それが、前頭葉機能障害に対するリハビリテーションの重要な視点だと思います。
参考文献
Levine B, et al. Goal Management Training for rehabilitation of executive functions.
Cicerone KD, et al. Evidence-based cognitive rehabilitation: systematic reviews.
Diamond A. Executive functions. Annual Review of Psychology.
Cochrane Review. Cognitive rehabilitation for executive dysfunction after brain injury.


コメント